行動こそが希望となる「僕たちは世界を変えることができない。」ネタバレなし感想+ネタバレレビュー
個人的お気に入り度:9/10
一言感想:全ての日本人に観てほしい「等身大」の物語
あらすじ
田中甲太(向井理)は一浪したすえに医大に合格したが、「不満があるわけじゃないけど、どこか物足りない」日々を過ごしていた。
ある日郵便局で彼はとあるパンフレットを見つける。
「あなたの150万円の寄付で、カンボジアに屋根のある小学校が建ちます」
それに触発された甲太は、本田充(松坂桃李)、芝山史(柄本佑)、矢野雅之(窪田正孝)とともにサークル「そらまめプロジェクト」を立ち上げ、150万円を集めようと画策する。
そして彼らはスタディーツアーと称し、カンボジアへと飛ぶ。
そこで彼らは、想像のできない世界と、その現実を目の当たりにする・・・
これは本当に素晴らしい映画だった!
老若男女を問わず是非観てください。それくらいオススメです!
この映画の秀逸な点として主にあげたいのは2つ。
・美談の押し付けがましさが全くない
・平凡な(恵まれた環境にいる)大学生が、世界の現状を知る過程が上手い
ことです。
この映画のストーリーに
「日本人がカンボジアに小学校を建てようって、ただの自己満足じゃないの?」
「海外に行かなくても、日本に困っている人がいっぱいいるじゃん。そっちに目を向けてよ」
といったネガティブな印象を印象を持つ人もいると思います(自分も少なからずその思いはありました)。
でもこの作品はそういう人たちこそに観てほしいです。
何故なら、この疑問は映画の中でしっかりと提示されるからです。
彼らは他のこともたやすく乗り越えることはありません。
映画は彼らの「挫折」「夢と現実の違い」をこれでもかと描きます。
その場所に行く前では、全く想像できなかった残酷な世界。
ポルポト政権下で、カンボジアでは何があったのか。
それを知るエピソードは全て秀逸で、向井理さんはじめ、全ての役者が素晴らしい演技でそれを表現してくれています。
彼らは何を知り、その行動で変わったことは何だったのか。
自虐的に思えるタイトルも、このテーマに合致しています。
そのメッセージに感動する人はきっと多いはずです。
原作本も作者の等身大の思いが伝わってくる良書です。
![]() | 葉田 甲太 500円 評価平均: ![]() powered by yasuikamo |
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自費出版された単行本は下ネタが多いので、読むのだった改定が加えられたこの小学館発行版がおすすめ。
原作には映画では描かれていなかったエピソードもあります。
また、この文庫版の収入は、カンボジアに建てた小学校の維持費や、発展途上国への寄付にあてられるそうです。
原作でも映画でも、観た&読んだ後には「自分にも何かができるかも」と思わせてくれます。
ボランティアをしてみたいと考えている若者や、海外のNPOに関わる人も必見です。
向井理ファンの方も、至上最もイケメンっぽくない、カワイイ(おたくっぽい?)青年の役柄が見れるので十分満足できるでしょう。
ひとつ苦言を呈するのなら、今作は予告編の出来があんまりよくないと思う!
予告編に使われている向井理さんのスピーチは、その前提となる展開がわかっていないとどうしても陳腐なものに見えてしまうだろうし、前述した「自己満足っぽい話」というイメージを助長させているような気がするのです。
予告編の最後に「僕たちは世界を変えることができない、だけど・・・」の答えを言ってしまうのも野暮と言うほかないです。
なので予告編のイメージをきっぱり捨てて(もしくは観ないで)劇場へ足を運ぶことをおすすめします。
以下、結末を含めたネタバレです 鑑賞後にご覧ください↓
~主人公たちの物語~
・カンボジアの歴史と現実
それを知る前日までは笑っていた4人ですが、トゥール・スレン虐殺博物館でその歴史を知り、ことばを失います。
殺された人たちの絵。
朝は5時起きで、夜まで働かされていた。
食事は「おもゆ」のようなものだった。
「足かせ」は小さかった。それはみんなやせ衰えていたから。
ポルポト政権下では、そのようにしてカンボジアの全人口の4分の1が殺されていたのです。
トゥール・スレンで生き残ったのは、1万7千人中、たったの7人でした。
さらに訪れたキリング・フィールドでは、「子どもの足を持って、木にぶつけて殺していた」という事実を知ります。
そして案内役のブティさんは、涙ながらに両親のことを話しました。
「ゆでたまごを、亡くなる前に一口も食べることができなかった」
そう語るブティさん、抱きかかえる甲太。
ひどいということばでは形容できないほどの虐殺と迫害の歴史。
そしてそれに苦しめられてきた、ブティさんのことを思うと涙が止まりませんでした。
さらに彼らが見た現実は、虐殺の歴史のことだけではありません。
HIV患者が、地雷の埋積量が世界中で最も多いカンボジアの現状。
今建てようと思っている小学校にも、厳しい事実が待ち構えていました。
教室があっても、仕事で授業にこれない子もいるのです。
主人公たちが知ったのは、自分たちの矮小さ、満ち足りている自分たちの生活との違い、現実の「どうしようもなさ」でした。
しかし、ショックを受ける4人に対して、ブティさんはこう言っていました。
「笑ってください、すぐ笑うのはみなさんのいいところです」
このことばも、最後の主人公たちが得たものへとつながっていくのです。
・主人公が頼んだコールガール
スポンサー先の人間が逮捕され、ホームページは炎上し、サークルも解散しかけ、かおりと本田がつきあっていることがわかります。
そんなとき、カンボジアからの手紙が届きました。
彼は手紙を読んでこう思います。
「このまっすぐな手紙は、今の僕には重すぎた」と。
だからでこそ、生身の人間を知りたい、その存在を確かめたいと「ムネだけを借りた」のでしょう。
彼は夢(イメージ)の中でアンコール・ワットを歩き回りました。
文字通り「出口を探していた」描写に思えました。
映画「おくりびと」でも「死人に触れてきた主人公が、生身の人間(妻)のぬくもりを求める」という展開がありました。
この描写は素晴らしかったと思います。
・再びカンボジアへ
資金を貯め、なんとか授業の単位も取り、サークルのメンバーとともに開校式に向かいます。
そして開校をしてもスイット(ボールペンをあげた男の子)が仕事のため、学校に来れないことを知ります。
無念のあまり叫ぶ主人公。
一人で木を抜こうとする主人公。
でも抜けない。
でも数人で力を合わせれば抜くことができる。
バーで言った「一人では何もできない」を体現したシーンでした。
スイットが、仕事を夜にして、学校に来れるようにできたのがわかってよかったです。
そして開校式の前では、子どもたちが道を作ってくれました。
小学校の看板に掲げられている「そらまめプロジェクト」の文字。
子どもたちの笑顔。
そして登場人物たちのその後。
それが観れて、本当に嬉しかった!
~ちょっと補足~
・カンボジアの写真
劇中で使われていたポスターなどには、カンボジアを専門とする写真家の遠藤俊介さんが撮影したものが使われています。
遠藤俊介さんはすでに故人であり、現在はその家族がブログを運営しています。
彼が撮った写真をこちらでも見ることができます。
・映画に使われている音楽
主人公がブルーハーツ好きなのが「いまどきの若者」っぽくなくて(偏見かもしれないけど)いいですね。
「こいつのドブネズミ全然美しくないんだよ」は、言うまでもなく「リンダリンダ」の歌詞からの皮肉でした。
メンバーの「矢野」の歌う「青空」のエピソードもよかった!
HIVに感染した女性が死んだと聞かされたときの喪失感は、筆舌に尽くしがたいものでした。
しかし彼は、彼女の顔を思い出しながら、子どもたちの前で精一杯歌いました。
「青空」の歌詞にはネガティブさも感じるのですが、この映画では爽やかに歌い上げられているのも印象的です。
劇中歌に「僕たちは世界を変えることができない」という映画のタイトルそのままの楽曲が使われていました。
歌っているのは「銀杏BOYZ」です。
主人公の部屋にも、このバンドのポスターが貼られていましたね。
↑これね。
ちなみに銀杏BOYZは放送禁止用語が歌詞に溢れまくっているバンドですので聞くときは要注意。
・「物足りない」という理由で主人公を振った女性
世界中探しても、向井理にそんなことを言う人はいないと思う。
・パッション屋良
何故出てきた。
・献体
これを究極のボランティアだと主張する大学の先生(阿部寛)のことばが印象的でした。
無償で遺体を提供しているものなのですね。
~主人公の思い~
本田とバスケットしているときに、甲太はこう言います。
「これをやった理由なんて、モテたかったからだけかもしれない」
「でもそれでもいい、そういう自分も受け入れて行こうと思う」
バーでは仲間に向かい、こう言います。
「考えても答えはでない。はっきりしているのは、一人ではなにもできないってこと」
「僕たちが笑っているから、向こうも笑ってくれる」
「笑って、人の役に立てればいい」
さらにサークルのみんなの目の前にした、ファイナル・イベントの演説では、衣服を脱ぎ去りこう言います。
「僕には何もできません、何をしたって世界はビクともしません」と。
でも「笑ってくれる人がいる」と、主張します。
そして小学校の開校式では、こうスピーチします。
「誰かのために何かをする喜びは、自分のために何かをする喜びよりも強い」
これは、主人公たちが「自己肯定」ができるようになるまでを追う物語でもあります。
僕たちができることなんて、たいしたことじゃない。
僕たちは世界を変えることはできない。
でも、笑顔を作ることはできた。
不慣れなスピーチで、主人公はマザー・テレサのことばを用いてこう言っていました。
「わたしたちのすることは
大海のたった一滴の水に
すぎないかもしれません。
でも
その一滴の水があつまって
大海となるのです」
一滴の水が、やがて大海になる。
タイトルには
「僕たちの行動では、直接的には世界を変えることはできない。でも、いつかそれが大きな変化にもつながることもある」
という逆説的な意味も込められているのではないでしょうか。
彼らの行動のきっかけは、1枚のパンフレットでした。
ほんの小さな行動からでも、変われることはきっとあります。
そう思わせてくれた素敵な映画でした。
<オススメレビュー>
今時の若者を演じた4名は、上手かったのか?
2つの映画を無理してくっつけた感じを持ちました。
役者の素の場面があったようで、違和感がありました。
チョット、長かったですね。
確かに「知らなさすぎ」は気になるところではあります。
無知な若者という設定なので、悪くはないと思いました。
> 2つの映画を無理してくっつけた感じを持ちました。
自分はあまり違和感がありませんでしたが、作中のトーンががらっと変わるので驚いた方もいるかもしれませんね。
> 役者の素の場面があったようで、違和感がありました。
ブティさんの肩を抱くシーンは本当に「素」だったそうです。
> チョット、長かったですね。
2時間ごえなので、自分はトイレを我慢していたりしていました(笑)。