落ち着いた三池節は是か非か?「一命」ネタバレなし感想+ネタバレレビュー
個人的お気に入り度:5/10
一言感想:「監督らしさ」が不協和音を起こしているような・・・
あらすじ
関ヶ原の戦いが終わりを告げた元和初頭、武士たちの暮らしは困窮していた。
世間では裕福な屋敷に押しかけて切腹を申し出て、面倒を避けたい屋敷側から金銭を与えられることを利用した「狂言切腹」が流行する。
その矢先、名門井伊家のもとに、切腹を願い出た侍:津雲半四郎(市川海老蔵)が現れる。
そこで津雲は、以前にも同じ要件で訪れた武士の話を聞くことになるのだが・・・
駄作から良作、漫画の実写化まで幅広くこなす三池崇史監督最新作です。
この映画の原作となるのが、滝口康彦著の「一命」の中の短編「異聞浪人記」です。
これが映画化されたのは初めてではありません。
一度目の映画化は1962年に「切腹」というタイトルでなされています。
![]() | 仲代達矢 2980円 評価平均: ![]() powered by yasuikamo |
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「切腹」は練られに練られた脚本が素晴らしく、今観ても全く色あせない傑作です。
その面白さはみんなのシネマレビューなどでの好評価で確認できます。
観たことのない方は古い映画だと敬遠せずに、是非観てほしい作品です。
この「一命」は同じ原作を題材としているだけあって、ほぼ「切腹」のリメイクと言ってよい内容です。
監督がこの「切腹(英題:Seppuku/Harakiri)」を意識しているのは、本作の英題が「Harakiri : death of a samurai」であることからも明らか。
三池監督がこの作品をどう自己流にアレンジしたのかと期待して観たのですが・・・正直それほどの満足感は得られませんでした。
その理由が以下にあげることです。
①展開がオリジナル版(切腹)とほぼ同じであったので、新鮮味が感じられなかった
これに関しては悪いことではありません。
オリジナルの主題はしっかりと守られています(+αもあり)し、未見の方には問題なく楽しめると思います。
ただ細部のエピソードは少し異なっています。
「切腹」のほうがスッキリとしていて観やすく思えますが、オリジナリティも垣間見えるものでした。
②三池監督らしさが、この映画の内容にそぐわない
映画ファンには周知のことですが、三池監督は下品&暴力描写に定評のある方です。
「13人の刺客」では、話のケレン味と暴力描写がマッチしていたと感じたのですが、この映画の静謐な空気の中にそれがあると、どうしても違和感を覚えてしまいます。
要するに中途半端に三池さんっぽさが出ていて、勢いのあるアクションでもなく、落ち着いた時代劇でもない、どっちつかずな雰囲気になっているのです。
これは個人的な好みでもあるので批判するのもナンセンスなのですが、やはり三池監督ならグロくて飛び抜けたアクションが観たいと思ってしまうのです。
また今作にはG(全年齢指定)ではちょっと甘いんじゃないかという残酷な描写が出てきます。
もちろんこれも監督らしいのだけど・・・むしろ作品全体に不快感を与えてしまうのではないかと心配になってしまいます。
③市川海老蔵主演
この作品の一番の話題であり、問題でもあるような気がします。
まあもう忘れ去られつつある事件だし、灰皿にテキーラを入れるだけのゲーム(音量注意)が作られたりでさんざんいじられたりもしたし、もう心底どうでもいいので気にしなければいいんですけどね。
ただ、尋問シーンでは懐かしい記者会見の様子が脳内再生されそうになって大変でした。
役としては非常によかったです。
目力と、一喝をした時の声量、演技力は確かなものです。
目力が入りすぎて若干怖かったり、満島ひかりの父親役は年齢的に無理があるとか、いろいろ言いたいことはあるんですが、主演に相応しい仕事っぷりを見せてくれました。
*ちなみに「切腹」で同じ役を演じた仲代達矢は、公開当時は30歳。
海老蔵より年下です。こうも違って見えるのはやっぱり見た目の若々しさ?
長くなりましたがまとめると
・オリジナル版「切腹」を観ている人には展開がほぼ同じで物足りない
・三池監督ファンにはケレン味がなくて消化不良
・初めてこの物語を見る人は、残酷描写に抵抗がなければ十分楽しめる
と言ったところ。
また、中盤の展開は間延びしていると感じる方が多いかもしれません(劇場では寝息がチラホラ・・・)。
2Dで観たのですが、特に3Dで観たいと思わせる画はなかったので2Dで十分でしょう。
時代劇初の3Dとのことですが、最初で最後になるような気がします。
*と、思ったら劇場版テンペストがあるんですね・・・
個人的にこの映画で一番よかったのは、ラストがオリジナル版とは全く違うこと。
原作の「説明しすぎない」雰囲気が削がれてしまったと嘆く方もいるかもしれませんが、自分はこの結末は気に入りました。
監督ならでは「落としどころ」な気がします。
「切腹」を観た方も、このラストのためだけに観る価値は十分です。
役者のファンであればオススメです。
特に役所広司さんの(一応)悪役、誠実な役柄を演じた瑛太は流石の一言。
ただ、満島ひかりさんだけはちょっと役から浮いていた印象。大ファンなのでこれからの演技の幅に期待したいです。
以下、ネタバレです 結末に触れています↓
~竹光での切腹~
このグロテスクな描写を長く見せるのが三池監督らしさ。
「存分にひっかき回せい!」っていうのもそれっぽい。
刀身が折れ、それでも突き立てる求女(瑛太)の姿は痛々しく、もう止めて!と言いたくなる凄まじさでした。
~出仕していない部下たち~
ちょっと残念だったのが、「切腹」では序盤は部下たちが出仕していない理由が完全に不明だったのに対し、この映画では「津雲(市川海老蔵)の仕業である」と思わせる演出をしっかりしてしまっていること。
ある程度読めることではありますが、終盤の驚きが薄くなってしまっている気がするのです。
~武士の暮らし~
話は井伊家から離れ、津雲の回想シーンとなります。
この間、一瞬たりとも井伊家の描写がされないので、長く感じてしまった人も多そうです。
ここでも三池監督らしかった点が少しあります。
・落ちて割れた卵をすする求女
・吐血をする美穂(満島ひかり)
単なる吐血でもグロく見えるのがそれらしい。
ここでは「まんじゅう」の描写が秀逸でした。
父には「私は後で食べますゆえ」と言ってゆずり、
求女には「父ともう食べましたのでいりませぬ」と言ったが、「2人で食べたほうがうまい」と返されて笑ってしまう美穂。
そして死んだ求女のふところにあるまんじゅうを食べた美穂。
「2人で食べたほうがうまい」
そのことを彼女は思い出し、夫と子どもがいないこの世で生きていく力を失ったのかもしれません。
~ラスト~
髷(まげ)を津雲に切られた部下たちが、「面目」を保つために出仕していなかったことが明かされます
斎藤(役所広司)に斬り捨てろと言い放たれ、津雲が抜いたのはなんと竹光。
これは「竹光で切腹をさせた」井伊家に対しての「あてつけ」でした。
乱闘の末、追い詰められた津雲は、斎藤に「乱心者めが!」と言われます。
それに津雲は「春を待っていただけ」と答え、その後丸腰のまま切り捨てられます。
倒れた直後に観たのは、美穂が、求女が、赤ちゃんが幸せそうに暮らしている「春」の生活でした。
オリジナル版「切腹」とは違い、津雲が死んだあとにも映画は続きます。
髷を切られた武士が自ら切腹をし、または切腹を言い渡されるのです。
津雲が斎藤を挑発した一言「あなたのは部下は面目が保たなければ死ぬと申すか」が守られたシーンでもあります。
殺陣シーンでは、武士たちが「切り捨てたまげ」を踏み潰していたのに、それでもなおも体裁を気にする武士たち。
その姿には滑稽さも覚えます。
さらには津雲が崩した「赤染めの鎧」を直し、お上に献上する斎藤たち。
斎藤は「赤染めの鎧は我らの誇りですから」と言い放ち、映画は終わります。
オリジナル版(切腹)では、この鎧は不気味に立ちすんでいたのみの存在でしたが、この映画でははっきり「武士の体裁」として描かれます。
皮肉めいたものをとことん使っての落としどころです。
再映画化されてよかった、と感じたのがこの竹光と「赤染め」の鎧ががカラーで見れたこと(切腹はモノクロ映画でした)。
竹光はモノクロだと普通の刀との違いがわかりにくいのですが、この映画で津雲が竹光を抜いたときにはゾクゾクしっぱなしでした。
しかし・・・猫が斎藤の居た位置に鎮座している(序盤では猫の死を看取るシーンもある)のは何なんでしょうか。
これも三池監(以下略)
~映画の主張~
この映画には、悪意を持って悪事を働いた者は一人もいません。
斎藤は武士の義を頑なに主張しただけですし、介錯人の沢潟彦九郎(青木崇高)も度重なる「狂言切腹」に不信感を覚え、自分の信じることをしたのみ。
津雲の主張の
「(求女の姿を見て)哀れと思うものは誰も居なかったのか!」
「面目が保てなくて出仕しない、おっしゃられる武士の面目、どうお考えか!全くくだらん!」
も最もなことです。
しかし、津雲や求女が行なったのは、なんともはた迷惑なことでもあります。
彼らの現状に同情することはあれど、求女が狂言切腹を試みたことには変わりはないですし、津雲は武士の命と言えるものを切り、さらには本当に命を奪う結果となったのです。
「見た目だけの体裁よりも、思いやる心が重要だ」というテーマを描くことは単純です。
しかし作中では、このことは斎藤にも「おかしなことを」と言われてしまっています。
「正しいこと」は人により違う。
そして、それによる悲劇ー。
そして体裁を保つことの滑稽さ。
そこには現代にも根付く、サラリーマンのような社会の構図が垣間見えます。
それこそこの映画で描きたかったものに思えるのです。
もっと意図するところは深い。
海老蔵と言う凄い役者がいる事を三池が見出したのが
今後の映像の世界での財産になりそうだ。
オリジナル版よりも皮肉の部分が色濃く出ている描き方だったと思います。
海老蔵さんはまっと映画に出てもいい、そう思える熱演でした。