それが贖罪になるのか?「サラの鍵」ネタバレなし感想+ネタバレレビュー
![]() | クリスティン・スコット・トーマス 2928円 評価平均: ![]() powered by yasuikamo |
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個人的お気に入り度:6/10
一言感想:後半の食いたらなさが気になる・・・
あらすじ
ナチス占領下のパリ。
ユダヤ人一斉検挙によってヴェルディヴへ人々が連れ去られるさなか、少女サラは、弟をアパートの部屋に隠し、鍵をかけた。必ず戻ってくると約束して・・・
それから60年後。
パリに暮らすアメリカ人ジャーナリストのジュリア(クリスティン・スコット・トーマス)は、サラの足跡をたどっていくのだが・・・
これは実は劇場で観ていました。
非常に高評価の作品であり、隙のない完成度を誇っていますが、個人的にはあまり入り込めなかった映画でしたので、紹介するのを見送っていました。
理由は後半の物語の主軸が変化していることによります。
この映画は
①現在:記者の中年女性・ジュリアが「サラ」の足跡を探り始める物語
②過去:少女・サラの物語
の2つが平行して描かれます。
①では、現在まで残されたものは何であるかや、歴史がいかなるものであったのかが語られます。
過去を探るジュリアは、ストーリーテラーとしての役目も果たしています。
しかし①はそれだけでなく、ジュリアの家庭環境の悩みなどの要素が入っています。
これはラストシーンのために必要なものなのですが、個人的には②の話と乖離しているように思えたのです。
後半では特に、深く少女・サラ内面を描いていたはずの②がさらにおざなりになり、①ばかりが強調されているように思えました。
それまでに比べ、表面上をなぞっているかのような心理描写に、物足りなさを感じてしまったのです。
構成や画づくり、音楽は申し分ないですし、役者たちの演技も素晴らしいです(特に子役はものすごい)。
でも個人的には展開が好きになれなかった、結末にも違和感があったのも事実です。
母になる女性には思うことのある物語だと思います。
ナチスドイツ政権下の暮らしや、質の高い映画を観たい方には是非オススメします。
以下、展開と結末が大いにネタバレしているので、映画をごらんになった方だけお読みください↓
~結末:ジュリアは子どもにサラと名付けた~
この結末自体があまり好きではないのです。
ジュリアは自分の好奇心に則って、他人の知りたくない、触れてほしくないことを探っていたことを悔いていました。
「ウィリアムがサラの人生を教えてくれたことを肯定した」後であればよかったのですが、他人の人生に干渉したことを後悔していた彼女が、子どもに「サラ」という名前をつけるのはおこがましいことではないか、と違和感があったのです。
~後半のサラ~
弟の死を知った後の彼女は、いままでとは違い断片的に描かれるようになります。
彼女の内面に迫るシーンはあまりなく、「うつろ」になった彼女の心情を表しているかのようでした。
でも、この描写に物足りなさも感じたのも事実。
彼女が自殺した事実も、なんともやりきれません。
~サラが残したもの~
サラは、息子のウィリアムに真実を教えず、ユダヤ人であると悟られないようにしていました。
現在のウィリアムは、ユダヤ人であるどころか、本当の母の姿を知りませんでした。
それを教えようとしたジュリアに、むしろ憤りを覚えるのです。
帰宅したウィリアムは、父親(サラの夫)からジュリアの話が本当であることを聴かされます。
そして、2年後にジュリアとウィリアムは再会します。
ジュリアは他人の人生に干渉したことを謝り、ウィリアムはむしろ母(サラ)の人生を教えてくれたことにを感謝するようになります。
真実を知ること、悪い歴史を隠すことのどちらを選択すべきかは簡単に判断できるものではありません。
悪い歴史を隠せば、それを知らない人間は後ろめたさを感じずに生きることができる。
真実を知ることは残酷ではあるけれども、それで救われる人もいる。
この映画では、後者を選びました。
ウィリアムは「父は安らかに永眠できた」と言っていました。
ウィリアムの父にとって、サラの人生を語ることができないのは苦しみでもあったのでしょう。
ウィリアムに、その父に、ジュリアに、そして忘れられなかったサラにとって、最良の選択であったと、自分は思います。