やり返さない勇気 映画「42 世界を変えた男」ネタバレなし感想+ネタバレレビュー
個人的お気に入り度:7/10
一言感想:野球のサクセスストーリーではなく、人種差別と戦う物語
あらすじ
ブランチ・リッキー(ハリソン・フォード)は周囲に反対される中、黒人選手を野球チームに招き入れることを決意する。
選手の名前はジャッキー・ロビンソン(チャドウィック・ボーズマン)。彼は短気なところがあるが、強い信念を持つ屈強なプレイヤーだった。
リッキーはジャッキーに決して暴力を振るうなと忠告する。しかしジャッキーがグラウンドに立つたびに、白人たちからはヤジが飛び、相手チームも侮辱のことばを浴びせられるのだった。
実在の野球選手ジャッキー・ロビンソンを描いた伝記映画です。
タイトルの「42」とはジャッキーの背番号であり、彼のメジャー出場後50年が経ってから、唯一の全球団での永久欠番になったものです。
彼の功績をたたえ、黒人のジャッキーがはじめてメジャーリーグに出場した4月15日に、球団のみんなが「42」の背番号のユニフォームを着るようになったそうです。

なぜジャッキー・ロビンソンがそこまでの選手になったのかを、この映画はとても丁寧な描写で教えてくれます。
本作で描かれているのは、戦争で日本が降伏したばかりの1945年から、わずか2年間の出来事です。
そのころは黒人への人種差別がまだ根強く、ジム・クロウという法律までもが彼らの生活を脅かしていました。
その世の中で、たった一人の黒人プレイヤーとして、ジャッキーはグラウンドに立ちます。
当然のように観客、相手チーム、そしてチームメイトまでもがジャッキーを蔑み、罵倒します。
強い信念を持つ彼にとって、それを耐え忍ぶことは難しいことだったでしょう。
そんなジャッキーを陰で支えるのは、名優ハリソン・フォード演じるブランチ・リッキーです。
リッキーはブルックリン・ドジャースのゼネラルマネージャーで、周りの反対をものともせず、ジャッキーを球団に招き入れます。
リッキーが最初にジャッキーに告げた助言は、「やり返さない勇気を持て」ということでした。

もしジャッキーが暴力でやり返してしまえば、黒人選手たちのチャンスも、黒人の子どもたちの夢も奪うことになります。
最近では「やられたら、やり返す。倍返しだ!」というセリフが流行ったりもしましたが、この映画で描かれるのはそれとは全く逆のことなのです。
この物語の素晴らしいところは、その点にあります。
ジャッキーはその「やり返さない勇気」を持つことで、周りの人々を少しずつ変え、野球ファン(ファンでなくとも)の黒人たちにも勇気を与えます。
そしてジャッキーは南北戦争のころから続いていた人種差別にまで多大な影響を与えます。
ジャッキー(とリッキー)が邦題にあるような「世界を変えた男」へと成長していく過程は、多くの人に感動を与えることは間違いありません。
難点は、野球の試合にダイジェスト感が否めないことです。
いくつもの試合の、ジャッキーが活躍するわずかな時間のみを切り取った印象で、そこには「すごい野球の試合を観た」という興奮は感じられません。
野球のファンであればあるほど、この点は不満に思うのではないでしょうか。
全体的に淡々としているので、盛り上がりに欠けると感じてしまう方もいると思います。
しかしそれも、濃密な人間ドラマを描いた結果であるので、大きな欠点ではありません。
演出はおとなしめですが、そのぶん繊細な描写で感動を与えてくれます。
スポーツ映画としてではなく、不当な差別に立ち向かう人々の姿を描いた作品を期待することをおすすめします。
ちなみに本作は野球のことをほとんど知らなくても楽しめます(最低限のルールがわかっていれば問題ないでしょう)。
ジャッキー・ロビンソンの前知識も全く必要ではありません。むしろ何も知らない方が「こんなすごい選手がいたのか!」とより感動できるのではないでしょうか。
テーマを思えば子どもにも是非薦めたいのですが、本作は会話シーンが多いので、子どもには少し退屈なのかもしれません。
役者のほんの少しの表情の変化や、奥深い台詞を楽しむことができる、大人同士の鑑賞をおすすめします。
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ジャッキー・ロビンソン―人種差別をのりこえたメジャーリーガー
背番号42 メジャー・リーグの遺産 ジャッキー・ロビンソンとアメリカ社会における「人種」
黒人初の大リーガー―ジャッキー・ロビンソン自伝
ジャッキー・ロビンソン物語
以下、結末も含めてネタバレです 鑑賞後にご覧下さい↓
~変わった人:ハロルド~
リッキーの部下・ハロルドは物語のはじめに、黒人をチームに入れることに反対をしていました。
しかしチャップマンの侮辱を聞いた翌日、彼は「チャップマンの首を締めてやる!」と怒りを露わにするのです。
これにリッキーは、こう答えます。
「君は同じような苦しみを分かち合うことができたのだな。『同情』の語原はギリシャ語の『苦しみ』だよ。ちなみに、フィラデルフィアの語原は『兄弟愛』だ」と・・・
ジャッキーと苦しみを分かちあえたからでこそ、ハロルドはこうして怒ることができたのです。
~変わった人:スタンキー~
エディ・スタンキーは彼はチャップマンの侮辱をベンチで聞き、ジャッキーが侮辱を耐え抜いた後もまだヤジを飛ばすチャップマンに対して、彼は詰め寄ります。
「黙れ、次に侮辱したら殴ってやる」と・・・
スタンキーは「ありがとう」と言うジャッキーに対して「同じチームだ、当然だ」と返しました。
彼もまた、苦しみを同じチームとして分かち合うことができ、変わったのだと思います。
~変わった人:ブランカ~
ラルフ・ブランカは「皆を不快にさせたくないから」という理由で最後にシャワーを浴びようしているジャッキーに、「一緒にシャワーを浴びよう」と誘ってくれました。
ブランカが(ホモっぽい行動だと)誤解するなと付け加えるのが可笑しかったですね。
~変わった人:ピーウィー~
ピー・ウィー・リースはケンタッキー州の人間でした。
彼はチームに黒人がいると、故郷の仲間に示しがつかないとリッキーに訴えます。
後に彼がジャッキーへの脅迫状が届いたことをリッキーに告げると、リッキーは机の前に大量の脅迫状を出します。
リッキーは「君の言うようなことは心配していない。むしろ自慢すべきことだね」と言います。
そしていつものように白人からのヤジが鳴り止まない球場・・・
その中で、ピーウィーはがっちりとジャッキーの肩を持ちます。
ピーウィーはこう言います。
「俺も野球がしたい、それだけだ。
故郷から家族が来ている、俺がどういう人間かを見せれるチャンスだ。
俺もいつか、42番を着られるかもな」と―
ピーウィーの家族は観客席にいました。
父親は容赦なくヤジを飛ばしていました。
その子どもは、白人の父親や周りのヤジを聞いて、困った表情をしながら「帰れ、ニガー」と言っていました。
しかし、子どもは(リッカーの話によると)試合の後にジャッキーのまねをしてグラウンドの土を集めました。
野球がしたいと願ったのは、ジャッキーも同じです。
ピーウィーはハロルドと同じように、ジャッキーの気持ちを経験を通じて理解できたのでしょう。
ジャッキーは、ピーウィー本人を、そしてその家族をも変えたのです。
~変わった人:エド~
ジャッキーが列車に乗る前にボールを渡した黒人の子どもは、エド・チャールズでした。
彼は後にミラクル・メッツを成し遂げた一人として、名を残すことになります。
~実在の野球選手たち~
作中には、ほかにも実在の野球選手の名前が出てきます。
・レオ・ドローチャー
作中では浮気のおかげで謹慎になってしまいました。
・フリッツ・オスターミュラー
作中ではジャッキーにデッドボールを投げました。
・タイ・カッブ
台詞のみに登場。リッキーは「どんどん走れ、タイ・カッブだって何度もアウトになったぞ」とジャッキーにアドバイスしていました。
・コニー・マック
台詞のみに登場。リッキーはバートという20年来の旧友に「コニー・マックのように、背広を着て監督してくれ」と頼んでいました。
~我慢をしたジャッキー~
ジャッキーは、チャップマンの侮辱を振り切り、トンネルでバットを打ち付けながら怒りました。
リッキーは、バットを壁に壊してうなだれているジャッキーの肩を、そっと抱きます。
「君は苦しみの中にいる、耐え抜くすべがいる」
「君が必要だ」
そう言いながら・・・
このジャッキーの姿は、史実には存在しないものです。
実際の彼は、本当にリッキーのことばを守り、一度も怒っていないのですから。
しかし自分はこのシーンがあって、本当によかったと思います。
観客も感じているムカツキを少しは発散できますし、何よりここまで耐えてきたジャッキーが「弱さ」を見せ、それに寄り添うリッキーの姿がとても感動的だったからです。
リッキーは今までは厳しい物言いをしていましたが、ここではただ抱き寄せる・・・それだけでよかったのです。
~愛されたジャッキー~
ジャッキーには、愛する妻・レイチェル・ロビンソンもいます。
妻は怒りそうなジャッキーに「こっちを見て」と心の中で願ったり、「あの侮辱をしていた人たち、本当のあなたのことを知ったら自分を恥じるわね」と言っていました。
リッキーのほかにも、妻も、そして変わっていたチームメイトもいる。
そのことが、ジャッキーを救ったのだと思います。
~リッキーの想い~
リッキーがかつて監督を勤めていたとき、チャーリーという黒人選手がチームにいました。
チャーリーもまた理不尽な差別を受けており、リッキーはそれを見ながらも助けることができなかったとジャッキーに告白します。
リッキーはメソジスト派のキリスト教徒であり、彼が「やり返すな」とジャッキーに教えたのも「左の頬を殴られたら、右の頬を差し出しなさい」という教えがあってのことだったのでしょう。
チャーリーは報復ではなく、二度と同じ過ちをしないために、腐敗した今のルールを変えるために、ジャッキーを入団させたのです。
リッキーの想いはジャッキーにも伝わります。
ジャッキーはオスターミュラーからデッドボールを受け、仲間たちは「報復するぞ!」と言いますが、ジャッキーはそれを止めるのです。
~ラスト~
映画の最後はドジャースの優勝で幕を閉じます。
ジャッキーはデビュー戦では盗塁だけで「何もせずに」点を入れましたが、終わりはホームランによる活躍というそのギャップも好きでした。
ジャッキーがホームベースに戻るとき、記者のウェンデルは「ジャッキーは帰った、スウィートホームへ」とタイプライターを打ちました。
そのとき、ジャッキーが妻の待つ「スウィートホーム」に帰る映像も挟まれます。
そこには迫害をされ続いた彼の幸せが、確かにありました。
エンドロールでは登場人物の「その後」を見せてくれました。
クズ野郎のチャップマンが「引退後二度と監督せず」とわかって嬉しかったですw
~リッキー語録~
最後に、リッキーが言った「差別をするなんて馬鹿らしい」と思えることばを紹介します。
「白だとか黒だとか言っているが、今アメリカにあるドルは緑だ。カネは緑色だ。どの選手でも同じだ」
「(差別をする責任者に対して)君が死んだときに神様に会うだろう。そのときにも君は『黒人を差別しました』と言えるのか?」
差別は「周りの人間がするから仕方なくする」ということもあるのでしょう。
ピーウィーの家族の息子が、困った顔をしながら結局「帰れ、ニガー!」と言ったシーンがまさにそれです。
しかし、誰かが世の中を変えるほどの行動をすれば、もしくは自分の良心に問えば、差別なんて無くしてしまえるのかもしれません。
おすすめ↓
▶ 町山智浩が映画『42』を語る - YouTube
いつも楽しく拝見させていただいております。
ネタバレなしレビューを読ませていただきました。
今月は見たい映画がたくさんあり、スルーしようかと思いましたが、ヒナタカさんのレビューを読んで見に行くことにしました。
記事の中で、リッキー役が「ロバート・レッドフォード」となっていましたが、「ハリソン・フォード」の間違いではないでしょうか。
今後のレビューも楽しみにしていますので、頑張ってください。
さて、ブランチ・リッキーを演じたのでロバート・レッドフォードではなくハリソン・フォードですよ。
ダブルでツッコミをいただきました。思い切り間違えていましたw
申し訳ないです。
この感動が7年後まで続くと良いなあ・・・。
>いくつもの試合の、ジャッキーが活躍するわずかな時間のみを切り取った
野球ファンの上司と観に行きましたが「実際の試合中継では見られない視点で映されるプレイが大迫力で楽しかった!」と言ってくれました。
>エンドロールでは登場人物の「その後」を見せてくれました。
本当に素敵でした!このエンディングは反則です!まだ涙を絞る気かと!?
>クズ野郎のチャップマンが「引退後二度と監督せず」とわかって嬉しかったですw
私も笑ってしまいましたが、作中彼の「イタリア人もユダヤ人も野次ったけど、なんで黒人野次って謝らないといけないの!?」なシーンで、その後の差別過敏な風潮もこの時始まっていたのかな・・・と嫌な予感もしてしまいした。
>ピーウィーの家族の息子が、困った顔をしながら
このシーンは痛かったです。自分も負の感情を吐き出すのは大人だけの居酒屋とかだけにしたいです。