ウザさ以上の愛情 映画「麦子さんと」ネタバレなし感想+ネタバレレビュー
個人的お気に入り度:9/10
一言感想:親孝行がしたいなあ・・・
あらすじ
アニメショップで働く麦子(堀北真希)とその兄・憲男(松田龍平)住まいに、突如幼いころのふたりを捨てた母・彩子(余貴美子)がやってくる。
麦子にとって彩子は最低の母親でしかなく、麦子は同居をすると言い張る母の言動や行動にいらだちを募らせていく。
しかし、麦子は後に訪れた母の故郷で、その意外な一面を見ることになる。
いやもう最高!
吉田恵輔監督は、「さんかく」「ばしゃ馬さんとビッグマウス」に続き、またしても素晴らしい映画を撮ってくれました!
本作の何がすごいって、その脚本の巧みさです。
ちょっとした登場人物の行動を、後になって他のキャラクターが反芻をします。
なんでもないようなシーンが、後に重要な意味を持つようになります。
いろいろなことが「後で気づける」のです。
脚本家になりたい方、将来映画の仕事に携わりたい方は、この映画を観て学べばよいのではないでしょうか。
地味な映画に思えますが、凡百のお金をかけた映画よりも細かな工夫がされているため、全く退屈することがありませんでした。
本作で描かれるのは
①母と娘の確執
②夢に破れた&向かう人へのエール
です。
①は普遍的なもので、多くの人の共感を呼ぶでしょう。
本作で描かれる母親は、いい母親ではありません。
離婚をしてから長年子どもの前に姿を見せなかったため。娘と息子からうっとおしく思われてしまいます。
母親役の余貴美子の演技がまた素晴らしく、端々に「母親特有のウザさ」がにじみでています。
おかげで娘役の堀北真希に感情移入しまくり、気持ちがわかりまくるのです。
母親に対して「うっとおしいと思うこと」「素直になれないこと」は、後の主人公の想うことに強く関係しています。
そのことがわかる終盤の展開は、涙でスクリーンが見えないほどのものでした。
②は監督の前作「ばしゃ馬」でも描かれたことです。
主人公の麦子はアニメオタクで、声優学校の進学を希望しています。
バイト先のアニメショップでは勤務中にノリノリでアニメ声を練習(?)しています。
堀北真希がアニメオタクとして描かれる作品は、おそらくこれが最初で最後でしょうね。

麦子は「これから夢に向かおうとしている(ちょっとダメな)若者」の象徴でしょう。
ちなみに作中のアニメを製作しているのはProduction I.Gです。豪華だなあ。
母親も、かつてはある夢を持っていました。
現在はくたびれた中年女性になっており、その生活はいいものとは到底思えません。
夢に破れた彼女が、どういう人生を歩んでいたか、その人生に意義があったのか、そして幸せだったのか・・・
観た後は、そのことを考えてみることをおすすめします。
吉田監督は、公式ページでこのようにコメントをしています。
本作は私が親不孝だった事もあり、母に対して素直に言えない想いを作品にしました。
母が死んでから後悔しか残らず、喪失感も湧いてこない。
そんな麦子が喪失感を見つけるまでの物語です。
そう、本作で描かれるのは「親孝行ができなかったこと」への想いなのです。
人にはそれぞれの母親がいます。
優しかった母親、嫌いだった母親ーいろいろな母親がいるでしょうが、子どもにとってはたったひとりの母親です。
母親にはそれぞれの子どもがいます。
母親に孝行できた方、亡くなるまでに満足のいく孝行ができなかった方ーいろいろな想いを抱えたかたもきっと多いことでしょう。
「麦子さんと」は、そうした母と子の関係を見つめています。
母は子を、子は母を大事にしたいという想いを強めてくれる、とても優しい作品でした。
タイトルの「と〜」の続きには、麦子の周りの優しい人々の名前が当てはまるのでしょう、
もしくは、「と〜」の続きにあるのは、親を持つ子である観客かもしれないし、子を持つ親である観客なのかもしれません。
母のかつての足跡を辿るという点では、昨年の「四十九日のレシピ」にも似た作風でした。
親孝行をしたくなるという点では、「はじまりのみち」を思わせました。
こうした丁寧で面白い日本映画がつくられることが、嬉しくて仕方がありません。
惜しむらくは、上映時期が地域によってバラバラであることでしょうか。
近くで上映されていたら、親子でも、デートでも、ぜひ劇場へ足を運んでみてください。
エンドロール後にもおまけがあるので、最後まで観ましょう!
吉田監督による最新作「実写版銀の匙 Silver Spoon」も大期待です!
以下、結末も含めてネタバレです 鑑賞後にご覧ください↓
〜母親のウザさ〜
映画は、麦子が母親の故郷に、母の遺骨を埋葬しようと訪れたところからはじまります。
村の人々は麦子を見て驚きを隠せません、麦子は若き日の母親・彩子に瓜二つだったのですから。
ここから時間はさかのぼり、彩子は突如、麦子と兄の憲男(松田龍平)の住まいに来ます。
彩子はご飯を作りますが、麦子はコンビニ弁当を買ってきて食べようとはしません。
彩子は娘の見ているテレビアニメを見ながら「これ魔法使い?」「私の子どものころは魔法使いサリーちゃんとかあったわね〜」と言いますが、麦子は「魔法じゃなくて科学だし」「見ているんだから話しかけないで」と言います。
彩子は麦子の漫画雑誌ばかりかサイン本まで捨ててしまい、麦子は「単行本と雑誌の区別もつかないの!」と怒ります。
そんな麦子も、少しだけ母への対応が変わります。
麦子は、隠れるように彩子のつくった麦ご飯を噛み締めるように食べました。
麦子もまた、彩子のためにトンカツを作ってあげます。
彩子は「最近油っぽいものだめなのよ」と言っていましたが、冷蔵庫の中のトンカツを見ると「食べたいのよぉ」「おいしいわよ」と嬉しそうに食べ始めました。
しかし・・・彩子は体調が悪く、せっかく食べたトンカツをも吐き出してしまいます。
彩子は寝ている彩子に対して「あんたのこと、母親だと思っていないから」と言い捨ていました。
その数日後、彩子は末期の肝臓がんのために、あっさり死んでしまいます。
〜それぞれの趣味〜
憲男は健康器具を持ってきた彩子に、「ぜってえいらねえだろ」と、
麦子はパチスロの台を家に置いている憲男に、「それこそいらないでしょ」と、
憲男はアニメの等身大パネルを置いている麦子にも、「お前こそそれいらねえだろ!」と言いました。
それぞれの人間にはそれぞれの大切なものがあるけれど、ほかの人にはその価値なんてわかりっこない。そんな描写でしょう。
また、このシーンでは彩子だけがふたりの趣味や持ち物に否定も肯定もしていません。
「ひどい母親」として登場し、娘の趣味に口出し&大事なものを捨ててしまった彩子ですが、実は誰よりも子どもの趣味を理解しようとしていたのかもしれません。
麦子の声優になる夢は、兄の憲男に「できるわけない」「夢ばかりおいかけていないで俺みたいに真面目に働けよ」と反対されていましたが、彩子は否定せずに学校の資料を読んでいましたしね。
〜母の素顔〜
彩子の遺体の火葬に立ち会ったのは、麦子と憲男のみでした。
しかし、故郷にいたかつての彩子は、皆に可愛いともてはやされた村のアイドルでした。
彩子に瓜二つの子どもいると聞いた村人たちは、続々と民宿に集まってかつての思い出を語ります。
ひとり寂しく死んだような彩子でしたが、実は多くの人から愛されていたのです。
〜ミチル〜
麦子は納骨証明書がないことに気づき、兄が発送するまでミチル(麻生祐未)という女性の部屋に泊まることになります。
ミチルは実はボーイズラブが大好きで、自分を地味だと言う自虐的な女性でした。
彼女がボーイズラブの本がつめてあるタンスを勢い良く開けるシーンは爆笑ものでした。
ちょっと痛いミチルでしたが、麦子も一緒です。
麦子も女子高生が聞いているのにも関わらず、アニメの台詞を公園で高らかに言って、「いつもはもうちょっと上手くできる」と言い張るのですから。
しかもミチルはバツイチでした。子どもがいるのに、長年会っていないのです。
ちょうど彩子と麦子の関係と一緒です。
麦子は、飲みの席でミチルにひどいことを言ってしまいます。
〜素直になりたい〜
麦子は「なんで子どもに会いにいかないんですか」「私はちっとも会いたいと思いませんけど」「ミチルさんの子どもも会いたいと思っていませんよ!」などと暴言を吐きました。
一緒に飲んでいた中年のまなぶ(温水洋一)は、「麦子ちゃん、あんまりガキみたいなことを言うなよ。本当はお母さんに会いたかったくせに。素直になりなよ」と麦子に諭しました。
彼女の真意は、次の朝に明確に提示されました。
今まで母親(旅館の女将)にさんざんパチンコのための金をせびり、母親を突き飛ばした放蕩息子に、麦子は思い切りビンタをしたのです。
麦子も生前の母親(彩子)を突き飛ばし、母親は同じように(寂しそうに)「いてててて」と言っていました。
彼女は、自分と同じように母親を大事にしなかった息子に憤りを隠せなかったのです。
〜嬉しかった〜
麦子は彩子のお墓の前で、目に涙を浮かべながら言います。
「私、せっかく会いにきてくれたお母さんに『母親だと思っていない』って言っちゃった。そのとき、お母さんは『それじゃあ父親かねえ』って冗談を言っていた。でも、その顔が凄く寂しそうだった・・・」
ミチルは、麦子がはじめて彩子を「お母さん」と呼んだことを諭し、「彩子さんはあなたに出会えて幸せだったと思うわ」という想いを打ち明けました
ミチルは、かつて村に戻ってきた彩子のことを思い出します。
そのときの彩子は、歌手になる夢に破れていました。
しかし、彩子はお腹にいる子どもを見ながら「今が一番幸せ」と笑顔を見せていました。
麦子は、彩子をお母さんと呼ぶことができず、親孝行ができなかったことを、心の底から後悔しました。
それは、どれだけ後悔してもしきれない、とてつもない喪失感でしょう。
しかし、この映画では「それでも親は子どもがいてくれて(会えて)嬉しいんだよ」と優しく教えてくれました。
〜きっかけ〜
故郷を離れようとする麦子は、警官から忘れ物を返されます。
それは、この村に泊まるきっかけとなった納骨証明書でした。
映画のはじめ、タクシー運転手のまなぶが麦子の顔を見て驚き、警官にぶつかる事故を起こしたときに、麦子はポケットティッシュとともに証明書を警官に渡してしまったのです。
彩子が村の人々から愛されていなければ、麦子と彩子が瓜二つでなければ、麦子は母の足跡を知ることができなかったでしょう。
〜死ぬ前に〜
麦子は憲男に電話をします。
憲男は彩子の残した通帳を見つけていました。
金額はたいしたものではありませんでしたが、その中のメモには「あの子のために使ってやってください」と書かれていました。
憲男は彩子が死んだとき、「ひょっとして、ババアはもうすぐ死ぬのがわかって俺たちに会いにきたのかなあ」と言っていました。
作中で明確にされることはありませんでしたが、その通りだったのでしょう。
彩子は自分が死ぬことがわかって、生前に声優学校の資料を読み、麦子にお金を残したのだと思います。
〜赤いスイートピー〜
彩子が村のアイドルとして歌っていたのは、「赤いスイートピー」でした。
麦子が村を去るとき、この曲が流れます。
麦子はお祭りで赤いスイートピーを歌うことができませんでしたが、母の思い出を顧みたことで、この曲も大切に思えたのではないでしょうか。
〜目覚まし時計〜
麦子は、彩子が鳴らしていたうるさい目覚まし時計にも頭を悩ませていました。
ついには耐えきれなくなり、時計を地面に投げつけて壊してしまいます。
麦子が後に知ったのは、その時計は上京するときに彩子の両親から持たされたものであるということでした。
夢に向かう前に親からもらったものを、彩子は死ぬ直前まで大切にしていたいたのです。
麦子の「後悔」がより強くなったのは、この目覚まし時計のことも関係していたでしょう。
エンドロール後では、この目覚まし時計が直され、ベッド脇に立てられている画が映し出されました。
彩子はもうこの世にいません。
しかし、彩子が「生前に幸せだった」想いは残ります。
ミチルはこれから子どもに会いにいくのでしょう。旅館の放蕩息子は、またも親からお金をもらおうとしていましたが、「髪を切るんだって!」と言いたげなジェスチャーをしていました。
※以下の意見をいただきました。
最後の旅館の息子と母親のシーンですが、お金をもらおうとしていて髪を切りに行くんだよというジェスチャーではなく、母親がお金を渡そうとするけど息子が断り、それより頭大丈夫?(自分が突き飛ばして打ってしまったので)と心配して、母親がああ!大丈夫よーというようなやり取りだったと思います。
「麦子さんと」その周りの人々が、親を大切にして、幸せになる姿を想像しました。
〜母親〜
実は、本作で一番好きだったのは旅館の息子とその母親のやりとりだったりします。
息子はマジでどうしようもない「親から金を借りてパチンコをする」やつでした。
息子は金の使い道を母に聞かれ「あれだよ、そういうのは、プライバシーの侵害だよ」と頭の悪い返事をしていました。
このとき母親は笑いながら「あんたがプライバシーだなんて〜」と息子の顔を撫でようとしていました。
こういう「ウザさ」って、本当「愛情の裏返し」なんでしょうね。
親をうっとおしいと思う前に、その愛情を感じるようにしたいと思いました(照れくさいけどね)。
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麦子さんと(ネタバレ)|三角絞めでつかまえて
自分の夢を応援してくれる母に反抗しまいますが、
母は変わらずに娘の夢を応援していた、その母の姿はとても美しいと感じます。
母自身も若い頃、自分の夢に親から反対また応援されたので、
親として子の夢を応援したいと思うのは当然の考えなんだと思いました。
実際は子供の将来を考えた上で反対する事もありますが…
心の機微が丁寧に描かれていて、特に居酒屋のシーンは好きです。
納骨証明書ですが、落としたというよりポケットティッシュと一緒に警官に渡してしまっていたのだと思いましたが…。
まぁどちらでもいいですが、最後に納骨証明書を渡されることで、母の足跡を辿ることが運命だったのかもしれないと感じる演出はグッときました。
赤いスイートピーが流れるタイミングも絶妙で、自然に涙がこぼれました。
笑えて泣ける素晴らしい映画だったと思います。
>
> 納骨証明書ですが、落としたというよりポケットティッシュと一緒に警官に渡してしまっていたのだと思いましたが…。
ありがとうございます。
その通りだと思います。訂正いたします。
私は父に良い思い出がありません・・・。
なので、こういう作品は意識的に避けている傾向があります。今までも文句は観てから・・・と観てみたら、監督に「これって良い話でしょ?君も素直になりなよ」的な上から目線の薄っぺらい説教をされているような不快感・・・を通り越して古傷抉られる怒りを味わっただけ・・・という事も多いです。
でも、そんな私を映画館まで行かせてくれたヒナタカさん。ありがとうございます!
>アニメオタク
こういうシーンは未だに「馬鹿にしてんのか?」な「解ってないな・・・」なものが多い(「電車男」ブームの時に、小太りチビとガリガリノッポの二人組を出して「萌えー!」と叫ばせて置けば良いな演出が流行ってウンザリした記憶が・・・)と感じていましたが、一オタクとして演出も堀北さんの演技も納得の出来でした。
わざわざ劇中劇まで作ってしまうとは、ようやく邦画の世界でも「アニメオタク」という若者を理解出来る監督が育って来たか・・・と嬉しくなりました。
〜母親のウザさ〜
〜それぞれの趣味〜
親子あるある、兄弟あるある、家族あるある、ほとんど身に覚えがある。でした・・・。
気をつけないといけませんね。
でも麦子さんが観ている「お兄ちゃん!」な劇中アニメと憲男さんと彩子さんのやり取りが被るシーンは劇場で爆笑が!
>〜ミチル〜
痛可愛くて最高でした!
自分も親として寂しさを感じていた時に親友の娘さんがお泊り→しかも同じ趣味!?→ノリで腐女子カミングアウト!→相手やや引き→ちょい後悔・・・私の観た劇場でも爆笑でした!
>母親を突き飛ばした放蕩息子に、麦子は思い切りビンタをしたのです。
今は「体罰」とか「DV」とか「虐待」とか、社会問題の「用語」が独り歩きしているように思えますが、突き飛ばしてもビンタしても「いてててて」で許し許してくれるのが家族だと思いました。それに甘えていては上に挙げたような問題に発展してしまうかもしれませんが、旅館の息子さんがそれに気づけたラストはとても素適でした。この親子、影の主役かもしれません。
> >母親を突き飛ばした放蕩息子に、麦子は思い切りビンタをしたのです。
> 今は「体罰」とか「DV」とか「虐待」とか、社会問題の「用語」が独り歩きしているように思えますが、突き飛ばしてもビンタしても「いてててて」で許し許してくれるのが家族だと思いました。それに甘えていては上に挙げたような問題に発展してしまうかもしれませんが、旅館の息子さんがそれに気づけたラストはとても素適でした。この親子、影の主役かもしれません。
あの「いてててて」はとても母親の愛情を感じるも、切ないシーンでした・・・
親はやっぱり偉大です。
ありがとうございます。追記させてください。