父の理由とかつての恋 映画「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」ネタバレなし感想+ネタバレレビュー
個人的お気に入り度:8/10
一言感想:良い日本(←違うけど)映画を観たなあ・・・
あらすじ
モンタナ州に住む老人ウディ(ブルース・ダーン)のもとに、「貴殿は宝くじに当選したので、100万ドルをお支払いします」という内容の手紙が届く。
それは誰がどう見てもインチキな広告であったが、ウディはしっかり信じ込み、リンカーンまで金を受け取ろうとしていた。
息子のデイビッド(ウィル・フォーテ)はしぶしぶウディに付き添うことになる。
デイビッドは立ち寄った父の故郷のネブラスカで、父の意外な過去を知るのだが・・・
タイトルのネブラスカとは、アメリカの州の名前です。
ネブラスカ州の特徴を端的に言えば、ザ・ど田舎です。農業が盛んであるものの、そこには何もありません。
本作で描かれるのは、そんな「退屈」の象徴のような場所でこそ起こりうる人間ドラマです。
ど田舎であるからこそ成り立つ「ストレイト・ストーリー」のようなロードムービーと言ってもよいでしょう。
老人のウディは自分のことを話そうとはしない性格であるので、息子のデイビッドは父がどういうふうに生きてきたかを全く知りません。
デイビッドがネブラスカで人づてにウディのことを聞いていき、その人生を知っていく、というのが基本のプロットになっています。
親子の軋轢は、無駄に声を荒げたりするのではなく、「微妙なすれ違い」として描かれています。
ことばでベラベラと語らない、映画ならではの面白さを追求した演出がなされていました。
優れているのは、観客が「父はどういう人間であったのだろう?」という主人公と同じ気持ちで映画を観ることができるために、感情移入しやすいことです。
年老いた両親を持つ現在40〜50代くらいの人にとって、この主人公の姿はより自身と重なるのではないでしょうか。
本作は父と子のドラマであるとともに、親孝行がしたい世代に向けられた、とても優しい作品なのです。
シリアスな内容かと思えば、意外に笑えるシーンも豊富です。
特に下ネタばかりを繰り出すお母さんのキャラクターはかなり強烈で、一部の人にとっては笑え、多くの人にとってはドン引きであることでしょう。
お母さんを演じたジューン・スキッブは(受賞は逃しましたが)アカデミー賞助演女優賞にノミネートされており、その演技力も格別なものがありました。

ジューン・スキップはデビューしたのが60歳、今作での出演時には84歳だったりします。
また本作が真に特徴的なのが、日本映画へのリスペクトがあることです。
アレクサンダー・ペイン監督は小津安二郎の大ファンであり、「アバウト・シュミット」は「東京物語」をアメリカでやろうとした映画であるとも言っています。
とことんフィックス(固定)で撮られた画、人物の表情をちょっと上からの目線で捕らえた画、いくつもの人物がすっぽりと画面に収まる画は、日本映画的であり、派手なハリウッド映画では全く観られないものでした。

また、全編モノクロで撮られています。
モノクロならではの画の美しさも際立っており、広大な風景でだけでなく、パブの内装までもがより魅力的に映りました。
そのため、本作を観たあとは「いい日本映画を観たなあ」という奇妙な感覚を得ました。
パラマウントのロゴが、「松竹」に見えてしまうくらいです(これはウソ)。
イヤー・オブ・地味映画の称号を与えてもいいくらいに地味な作品であり、作中では大きな事件は何も起こりません。
あっと驚く展開や劇的な展開を求める方には全く向かないでしょう。
しかし、古き良き(日本)映画を観たい方には、大プッシュでおすすめします。
スクリーンで小津(っぽい)映画が観られるチャンスとしても、この映画の存在は貴重です。
もちろん、古い日本映画を観たことがない方にもおすすめします。
一見退屈なようだけど、実は登場人物の想いがいろいろなところから感じられる・・・そんな映画ならではの面白さに気づけるかもしれませんよ。
以下、結末も含めてネタバレです 鑑賞後にご覧ください↓
〜家族の欠点〜
登場人物は、皆ちょっとずつの欠点を抱えていました。
デイビッドはまともに見えるけど、実際は(美人でもない)恋人に逃げられ、植物に水をあげないでいたために枯れさせていました。
兄のロスはキャスターとしての仕事にはありついてはいますが、人気キャスターが病欠の間の代役にしかすぎません。
母のケイトはことあるごとに「正気なの?」と他人を責め、人前で下ネタを言いまくります。
父のウディは他人のことばを信じやすく、またアル中でした。
デイビッドは父のことをろくに知りません。
宝くじが本当に当選したかを確かめる旅の途中で、デイビッドは少しずつ父のことを知っていきます。
〜父さんと酒を飲む〜
道中のパブで、ウディはビールを飲みながら「いつも(6歳の)お前に酒をやっていた」と言います。
息子に酒をあげるのはグラント家の伝統のようで、ウディもまた父に酒を飲まされていており、「飲んでも何の救いにもならないからな」とグチをこぼしていました。
これにデイビッドは「父さんと酒を飲むよ」と皮肉に満ちた物言いをしました。<それなら、一緒に飲むよ
それは「救いにならないけど、とりあえずつき合う」という、この宝くじの当選を確かめる旅のことを指した台詞だったのかもしれません。
〜父の貞操感〜
笑ってしまったのは、デイビッドが別れた彼女のことを話したときのウディの告白です。
デイビッドが「ママを愛している?」と聞くと、なんと「考えたことがない」と答えるのです。
さらに「なぜ僕を作った?」と問えば「ヤリたいから」。
「家族計画とか考えないのか」と問えば「ヤレば子どもができる、それだけだ」
「父さんはアル中だ。だから8歳のころ酒を捨てた」と言えば「やはりお前か。お前はそんなんだからロス(兄)に叶わないんだ。俺は税金を払っている。好きにする権利がある」とほざきます。
あまつさえ、酒を飲む理由については「母さんと結婚すりゃお前も飲むさ」とまで言います。
こんなことば、息子として聞きたくありません。
〜母の貞操感〜
父の「ヤリたいから子どもができた」はデイビッドにとって聞きたくないことばでしたが、母のビッ○っぷりはそれを上回る聞きたくないものであったことでしょう。
ケイトはお墓の前、ときにはレストランで、次々に言います。
「19歳で死んだいとこは、15歳で男と寝ていたのよ!ふしだらよ!」
「こいつは私のアソコに手を伸ばしてきたのよ」
「あら、キースも死んでいたのね。こいつもパンツを狙っていたの」<こいつは私のパンツを狙っていたの
<あいつもブルマーを狙っていたの
<そういう話はやめて
聞きたくない。聞きたくないよ。マジでデイビッドに同情します。
しかもケイトはお墓の前で自分のスカートを捲し上げて「もうパンツを触れないわね、バ〜カ(誇張あり)」とほざきます。ああ、なんて母親だよ!
ケイトはレストランで「この土地じゃあみんな牛の尻を眺めているんだもの。そりゃ女の尻だってもっと見るわよ」とも言っています。
モテモテだったケイトでしたが、実は男の性欲については冷めた見方をしていたのかもしれませんね。ちなみにネブラスカは牛の放牧でも有名です。
そんなケイトが、終盤で寝ていたウディに「おバカさんね」」とキスをするシーンが大好きでした。
あんだけ「正気?」「息子も揃っておかしいわよ」と言っていたケイトでしたが、実は夫のことを大切に想っていたのですね。
〜ペグの想い〜
デイビッドは、新聞社に務めていた女性・ペグと出会います。
ペグは宝くじが当たったことがでたらめだと言う事実を知ると。「ウディはむかしから信じやすかったから」と、「わかっていた」ような口ぶりをしました。
ペグはかつてのウディが朝鮮戦争に行き、辛い経験をしていたと告げます。
デイビッドにとって、その時の父の姿は子どものような若さでした。<辛い経験をしていたの・・・
ペグとウディは恋仲であった時期もあったようです。
ペグは「一線を越えさせなかったの」とその関係を振り返ります。
ウディが性欲に身を任せてモテモテのケイトにちょっかいを出すことが無ければ、ウディとペグが結ばれる未来もあったのかもしれません。
ペグが「勘違いしないで。私も子どもと孫に囲まれて幸せなの。満足しているのよ」と言ったことも印象に残りました。
それでいて、ペグはケイトのことを「勝者」と読んでいます。
ペグは、ケイトに勝てなくて(好きだった人を取られて)悔しい想いをしたこともあるのでしょう。
「戦争で辛い経験をした」というほどまで、彼のことをわかっていたのですから。
その後にデイビッドがペグのことをウディに聞くと、ウディは「ずいぶん前のことだな」とあっさりした返答をしました。
男を想う女心というのは、男は気づかないのかもしれません。
〜空気圧縮機〜
笑いが止まらなかったのが、デイビッドとロスが競合して、父がエドに貸していた(盗まれていた)空気圧縮機を盗み出すくだりでした。
盗みを働いた場所はエドの家ではなく、全く違う善良な知り合いの家だったのです。
母は勘違いしており、父は「必要なのかと思った」と息子たちの窃盗を傍観する気まんまん(笑)でした。
しかも善良な知り合いが帰宅してきてしまい、倉庫に隠れた兄弟は母が運転する車に全速力で追いつくしかありませんでした。
母ちゃんは息子たちを置いていく気だったんじゃないかと疑ってしまいます。
〜宝くじを当てたかった理由〜
当選したことが書かれた手紙が、おじの家に居候している大男ふたりに取られてしまいます。
この頭の悪そうなふたりも手紙がインチキであることはわかり、道に捨ててしまいました。
その手紙を拾ったのは、「俺にも分け前をよこせ。スジを通すためにな」などと言っていたエドでした。
エドはパブで手紙を読み上げ、ウディをバカにして、笑っていたのです。
ウディはすごすごとその場を去りましたが、デイビッドは一回後ろを向いた後にエドを思い切り殴りつけました。
ウディはうなだれながら、賞金がほしかった本当の理由をつぶやきます。
「お前たちに何か残したかった」とー
デイビッドは、その姿をじっと見つめます。
次の日、デイビッドはウディが序盤と同じように歩いてリンカーンに行こうとしているのを見て、車で連れて行きます。
〜ラスト〜
デイビッドが受付の女性に賞金について聞くと、当選はしていないという事実が告げられました。
ウディは記念品として帽子をもらい、帽子には皮肉にも「PRIZE WINNER(高額当選者)」と書かれていました。
どうでもいいけど、受付のお姉さん、この帽子はHatじゃなくてCapでしょ!
デイビッドは、この旅の終わりに「寄るところ」ができたと言います。
その場所は、中古車店でした。
デイビッドは、父が賞金を手に入れたら欲しいとつぶやいていたトラックと空気圧縮機を、父にプレゼントしたのです。
デイビッドは父が運転することをかたくなに拒否していましたが、最後にネブラスカの街を行くときだけ、運転を代わってあげます。
親友のバーニーはトラックを運転するウディの姿を見て、「格好いいぞ!」と言います。
かつての恋人ペグも、その格好いいウディを見ます。
殴られたエドも、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして見ていました。
ウディは、椅子に座っているアルバートさんに「じゃあな」と別れのことばを残しました。
映画のラストシーンは、ウディとデイビッドがそれぞれトラックを降り、座席を代え、また走り出すというものでした。
〜交代〜
デイビッドは父と不仲で、父のことを理解していませんでした。
しかし、父のことを道中で知ったデイビッドは、最後に父にプレゼントをあげ、しかもその「名誉」までもをプレゼントしたのです(デイビッドがエドを殴ったのも、その名誉を傷つけられたゆえでしょう)。
最後に再び席を交代したことも、お互いがお互いを理解したことを示しているのでしょう。
デイビッドがウディの落とした入れ歯を探してあげたことなどを経て信頼は深まり、ここでは自然にお互いの役割を熟知した関係になったように思えるのです。
ウディは「何かを残したかった」ために賞金をもらおうとしていましたが、もう賞金なんていらないはずです。
ウディは最高のプレゼントをもらい、最高の息子がいたことも知りました。
デイビッドは父のことを知り、その名誉を守ることができました。
親子にとっての、ハッピーエンドです。
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飲むなと方々から言われているのに、酔っぱらって帰ってきて転倒して病院へ連れていくとかもしょっちゅうでした。トラウマがフラッシュバックして帰ろうかと思ったほどです。
〜父さんと酒を飲む〜
これにはウディにビキ!と来ました。家の父は流石に幼児に酒を飲ませたりはしませんでしたよ・・・
>〜父の貞操感〜
さすがに子どもだったので、こういう話はしなかったですね。
>〜母の貞操感〜
この辺はちょっと羨ましく思ったり、親の恋話なんて思春期にはウザいだけですし、今更聞く気にもなれないし、あ!でも下ネタ満載は・・・。
>〜宝くじを当てたかった理由〜
ここも少し羨ましかったです。そういえば父は遺産も無かったですが、借金は残さなかったなあ・・・綺麗に消えてくれましたし、もし生きていてこんな詐欺DMが届いたら、父もウディのように「せめて息子たちに父として・・・」と、確実に詐欺な希望にすら縋ってくれるだろうか・・・と思ってしまいます。
>〜ラスト〜
ああいう商法は法的にも倫理的にも最悪最低の行為なのは当然ですが、まさかこれによってこんな素適な展開になるとは・・・やられました!
アレクサンダー・ペイン監督、毒親育ちがフラッシュバックで発作起こしそうになりながらも最後まで観て感動してしまう。凄いです。
また興味を引いてくれたヒナタカさんのレビューも最高です!