これからのふたり 映画『味園ユニバース』ネタバレなし感想+ネタバレレビュー
個人的お気に入り度:6/10
一言感想:新たなクズ男スター(渋谷すばる)誕生
あらすじ
大阪のとある広場のライブ会場で、若い男(渋谷すばる)が舞台に乱入し和田アキ子の『古い日記を』を熱唱する。
バンド「赤犬」のマネージャーであり、音楽スタジオで働くカスミ(二階堂ふみ)は男に興味を持ち、「ポチ男」とあだ名を付け、住み込みで働いてもらおうとする。
やがてバンドのボーカルに迎えられたポチ男は、失った過去の記憶を徐々に取り戻していく。
『天然コケッコー』『リンダリンダリンダ』の山下敦弘監督最新作です。
山下監督の持ち味と言えば、長い「間」を贅沢に使って登場人物の心情を描いていることと、(基本的には)ダメ人間を主役にしていることです。
『くりぃむレモン』では義理の妹に欲情してしまう兄を、『苦役列車』では他を寄せ付けないクズ男を、『もらとりあむタマ子』では大学卒業後にニート化した女性を、本作『味園ユニバース』では記憶を無くしたヤンキー風の男を主人公に……という感じ。
吉田恵輔や入江悠もそうなのですが、日本の映画監督にはダメ人間を愛する人たちがたくさんいて、ダメ人間を応援したいと思わせる作品を数多く手がけられています。
これは監督が苦労人だから、または苦労してきた人をたくさん見ているからでもあるんだろうなあ……自分はこういう作り手のやさしさが伝わってくる映画が大好きです。
さて、本作でまず触れておかなければならないのは、主役のふたり。
若干20歳で日本映画を代表する女優となった二階堂ふみと、アイドル・関ジャニ∞の渋谷すばるという組み合わせなのが、どちらもこれ以上のハマり役はないというくらいにハマっているのです。
二階堂ふみは「はい~おっさんたちさっさと行って~」とまわりの大人(ミュージシャン)たちの世話を焼いている男勝りな少女を好演しています。
渋谷すばるはアイドルオーラなんか完全に排除して、不愛想でとっつきにくそうで根はクズというキャラクターを熱演しています。歌唱力もさすがはアイドルと言えるもので、「歌」が重要なポジションとなっている作品に確かな説得力を与えていました。
個人的には豆腐屋の女主人を演じた松岡依都美さんの存在感、しれっと一人四役を演じている康すおんさんも見逃せません(気づけねえよ)。
おもしろいのが、その舞台設定です。
舞台は2014年なのですが、ちょっと汚らしい(超失礼)大阪の街の雰囲気が昭和っぽくて、なんともレトロな空気感が楽しめました。
何より、作中に登場するアーティスト……というよりも音楽が大好きなおっさんたちが楽しそうに集まっているゆるい雰囲気(しかも二階堂ふみに世話を焼かれる)には何とも言えない心地よさがあるのです。
そしてタイトルになっている味園ビル(ユニバースは宴会場)という場所がこれまた素敵すぎます。
参考→<「味園ビル」が怪しすぎるw - Naverまとめ>
正直すげえうさんくさい会場ですが、それも作品の味ですね。
そして、音楽の魅力についても触れないわけにはいけません。
本作で重要なファクターとなっているのが、和田アキ子の『古い日記』です。
渋谷すばるがこれを唐突に歌うシークエンスからがっつり心をつかまされてしまいました。
曲に勢いがあるおかげで、「なんかとんでもないやつが現れた」というシチュエーションに説得力がありまくりです。
興味深かったのは、渋谷すばる演じる主人公はクズで鬱々としている男なのに、劇中で歌う『ココロオドレバ』の歌詞と曲調がかなーりポジティブなこと。
歌詞はよく聞くことわざを皮肉って、すべてを自分のパワーに変えてしまうような内容です。
キャラクターとギャップのある曲を歌うというだけでもおもしろいですが、彼の「過去」を思うと少し感慨深いものがあるかもしれません。
もうひとつ知っておくといいのは、「赤犬」というバンドです。
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1993年に大阪芸術大学の学生中心に編成された14名編成のバンドで、本作にはそのメンバーの全員が出演していたります。
物語はフィクションですが、現実にある場所やバンドがそのままの姿で登場するということも楽しみのひとつです。
難点は、その物語の出来があまりいいようには思えなかったこと。
記憶喪失にかかわる都合のよさはまったく気にならなかった自分でも、終盤の展開には違和感ばかりがありました。
これが脚本のせいなのか、諸事情により一部のシーンをカットせざるを得なかったのかどちらなのかはわかりませんが、脚本担当がご都合主義満載の珍作『MIRACLE デビクロくんの恋と魔法』の菅野友恵さんのなので、おそらく前者なのではないかと……ちょっとこれは容認できません。
話に動きはあまりなく、なんとなく見ていると気づきにくい不親切な(読解力が求められる)シーンもありました。
「渋谷くん大好き!かっこういい!(はぁと)」な感じで女子中高生が観に来ると「なんかよくわかんなかった」で終わってしまうかもしれません。
まあそれよりも、関ジャニ∞ファンの女子中高生にとっては、渋谷すばるがクズ男になっているほうが面食らうかもしれませんけど(大人にとってはそこがおもしろいところだけど)。
あとクズクズ言いすぎましたが、作中ではそれほど渋谷すばるのクズの描写が多いわけではありません(ことばだけで説明されるシーンが大半)。
『苦役列車』の森山未來の完璧すぎるクズ演技や、最近の役がほぼすべてクズの藤原竜也に比べると、一歩及ばないですね。これからも渋谷すばるの役者としての活躍を期待したいです(できればクズ男役で)
観るときにぜひ注目してほしいのは、前述の山下監督の「贅沢な間の取りかた」と、「カメラまたは登場人物の動き」です。
カメラと登場人物が奥に動いたり、手前に動くシーンが多々あるのですが、手前を「未来」、奥を「過去」と考えてみると、けっこうおもしろかったりするのです。
山下監督がそれを意識したかどうかは定かではありませんが、撮影技術も含め、映像作品としては格段に優れている作品であることは間違いありません。
そして、映画を観終わった後には、エンディング曲である『記憶』の歌詞を反芻してみてほしいです。
『古い日記』や『ココロオドレバ』とは違い、この歌詞は作中の内容とシンクロしています。
主人公の心情を思うと、より感動は深くなるはずです。
山下監督のファン、役者のファンには大プッシュでおすすめです。
話のほうはほかの山下監督作品に比べるとちょっと弱いかもしれませんが、演出面や誰もが知る楽曲の数々だけでも楽しめるはず。
それを期待する人はぜひ劇場へ。
↓以下、結末も含めてネタバレです。観賞後にご覧ください。
~野暮な不満点~
クライマックスでカスミは茂雄(ポチ男)がバイトをしている場所に乗り込んで、茂雄をバットでぶんなぐります。
なんでカスミはこの場所がわかったの?
茂雄はバットで武装した男たちに取り囲まれていたけど、こいつらはどうなったの?
カスミはどうやってユニバースまで茂雄を運んだの?
……と疑問ばかりが思いつきます。
何とか解釈するのであれば
・劇中では描かれていなかったけど、カスミは茂雄がどこでバイトをするのかを事前に聞いていた
・カスミは茂雄といっしょに武装した集団もバットでぶっ倒していた。
・カスミは気絶した茂雄を引きずって運んだ
それは無理だろ。
カスミが超怪力とか、剣道で全国優勝したとか、そういう設定がないと納得できません(それも無茶)。
「クライマックスで登場人物がその場所を知っている理由がわからない」というのは、超駄作『少林少女』をほうふつとさせ、かなりゲンナリしてしまいました。
ちなみにこの前には、朝方のベンチに座っている茂雄のところにカスミが荷物を持ってきて、「あんたが行くのはここくらいのもんやろう」と言うシーンがありました。
これは普段の行動パターンを把握しているから納得できるのですが……やっぱりクライマックスではテレパシーかなんかで茂雄を見つけたとしか思えません。
※拍手コメントで以下の意見をいただきました。ありがとうございます。
山下監督によるティーチインの質疑応答の中で、カスミがどうして茂雄のいる場所が分かったのかという質問に対して監督は整合性はありませんと笑っておっしゃったそうです。「カスミがもう一度茂雄を迎えに行く」ことこそ意味があることで、そこに疑問を感じさせてしまったのはこちらのミスともおっしゃっていたそうです。
また、茂雄が記憶を取り戻すきっかけになった、「おじい」の聞いていたテープのことがちょっとわかりづらいですね。
このテープは、豆腐屋の男がカスミに渡したビニール袋の中身なのですが、おじいが袋から取り出すシーンがないので急にテープが出てきたような違和感がありました。
カスミはもうちょっと厳重テープをに隠しておけとも思うしなあ……
あと交通事故にあって首をけがして、茂雄に株を奪われてしまったボーカルの男がかわいそうだった。
この人何にも悪くないのに、カスミはけが人の松葉杖を蹴飛ばしていきますからね。ひどいや。
~やっぱりその番組~
関西では『探偵!ナイトスクープ』という、視聴者の依頼に探偵が応えるという人気長寿番組が放送されています。
記憶を失った男を観たときのおっさんたちの反応が「探偵スクープに出すか!」という反応なのに大笑いしていました。
関西の人にとっては確かにそれくらい身近な内容ですよね。
~カスミにとっての茂雄~
カスミは父親が交通事故で亡くなったために、高校にもいかずスタジオをきりもみしていました。
部屋に掲げられていた日めくりカレンダーは父の命日のままでした。
マキコは「あの子の時間はずっと止まっている」と言い、茂雄は「俺とは逆やな」とつぶやきます。
茂雄は記憶をなくして、過去を振り返ることができません。
一方、カスミは過去に囚われていて、愛する者の死から立ち直れないところもあるのでしょう。
彼女がバンドを見ているとき、女子高生の制服を着ているのは、その生活に未練があったからに違いありません。
しかし、カスミは他を圧倒する歌唱力を持つ茂雄と出会います。
カスミは茂雄の前で、スタジオ、マキコ、おじい、と「いてほしい」ものを指を折って数えていきました。
茂雄は、カスミにとって「5本目」のいてほしいものになる……はずでした。
茂雄は記憶を取り戻し、ライブを捨てて、ヤクザまがいの仕事に再び手を出してしまいます。
ベンチで鬱々としている茂雄を見て、カスミは「5本目」を数えようとしますが、けっきょく「ゼロ」になったように握りこぶしを作り、茂雄にぶつけるしかありませんでした。
過去に囚われていたカスミが、まさに茂雄の「過去」のせいで大切なものを失ってしまうというのは、皮肉的です。
~過去と未来~
画面の奥=過去
画面の手前=未来
と考えてみます。
<奥=過去>
映画のファーストシークエンスで、茂雄は画面の奥(刑務所の外)へ歩いて行っていました。
茂雄が道を画面の奥に向かって歩くとき、カメラはその姿を追いかけていました。
このカメラの奥への動きは、まだ茂雄が過去の記憶を持っている(過去の引きずりがある)ことを示しているのではないでしょうか。
<手前=未来>
一方、茂雄とカスミがふたりでスイカの種を飛ばし合っていたとき、カメラはゆっくりと手前に動いていました。
カスミはこのときに茂雄が鬱積した過去を持っていたことを知ったのですが、茂雄はまだ知りません。
このときにカメラが手前に動くのは、「いい未来」を暗示しているかのようでした
その後、記憶を取り戻した茂雄は自分を襲ったヤクザに仕事をもらって去るとき、画面の手前に歩いてき、その姿はぼやけて(ピントがずれて)いきました。
「未来」には向かっているのですが、その未来は明るくないとでも暗示しているかのように……
<未来と過去>
そしてクライマックスでは、画面奥にバットを持った男が大量に登場します。
そこで茂雄が振り向くと、今度はバットで自分を気絶させようとしているカスミが目の前に現れます。
バットを持った男たちは奥(過去)から来た存在。
カスミは茂雄の手前(未来)から来た存在。
茂雄がどちらのを選ぶべきなのかは、明白でしょう。
~しょーもな~
気が付いた茂雄は、カスミにライブに出ることを選ぶか、それともまたもとの仕事に戻るかの選択を迫られます。
ライブで熱唱することを選んだ茂雄は……歌い終わったときにいままでに見せていなかった、屈託のない笑顔を見せていました。
それを観たカスミのひと言は「しょーもな(くだらない)」でした。
カスミはこれまで何度も口癖のように「しょーもな」と言っており、それは周りへの文句にすぎませんでした。
ここでの「しょーもな」は、「歌えば、笑えるじゃん」という茂雄に対してもことばにも思えますが、過去に囚われていたカスミ自身のことも言っていたのではないでしょうか。
カスミは(たとえ自分の意思とはいえ)、自分が店を継いだことに未練があった。
これからの未来のために必要に思えた茂雄が、過去を取り戻して離れていくことを恐れていた。
でも、なんてことはない。
茂雄が好きだった歌を歌えば、笑ってしまえるのです。
過去のことを悩むなんて、まさに「しょーもな」なことだったのです。
このラストは、未来へ向かってのふたりの希望に溢れていました。
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声・歌に説得力、満足感・緊迫感ある音楽映画 - ユーザーレビュー - 味園ユニバース - 作品 - Yahoo!映画
で2回、3回と見に行き7回見て上映終了となりました。
あらすじの粗さが気にならなくなり、何度も見たくなる映画でした。
年を重ねると、忘れたい過去や消したい過去が多く有ります。現在の問題も有ります。
この映画を何回も見て、先ず過去は消して現在の問題に対処すること。未来に向けて自分の優れていることに真剣に向き合い努力しようと思いました。
演技者全員の演技が自然で、溶け込んで見れます。
何度でも見たい映画です。
味園ユニバース2を切望します。