映画『恋人たち』大切なものの場所(ネタバレなし感想+ネタバレレビュー)
個人的お気に入り度:9/10
一言感想:自分もがんばろう
あらすじ
橋梁点検の仕事をするアツシ(篠原篤)は、健康保険料も支払えないほどに貧しい生活を送っていた。
主婦の瞳子(成嶋瞳子)は、パート先にやってくる取引先の男とひょんなことから親しくなる。
弁護士の四ノ宮(池田良)は、自尊心が高い完璧主義者で、同性との恋人との関係は険悪になってしまう。
それぞれの“恋人たち”は、何かを失ってはじめて“当たり前の日々”のかけがえのなさに気づいていく。
『ハッシュ!』『ぐるりのこと』の橋口亮輔監督・脚本による、7年ぶりの長編映画です。
![ハッシュ! [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51YDYF0XB4L._SL160_.jpg)
![ぐるりのこと。 [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/41PKyZZmdVL._SL160_.jpg)
橋口監督作品の特徴のひとつが、人々の日常の描写がめちゃくちゃリアルだということ。
というか、作中の7割ぐらいが平凡すぎる、日常のどうでもよさそうなやりとりだったりします。
そんな日常の描写が、本作『恋人たち』にもたっぷり。
それでおもしろいのか?と思われるかもしれませんが、いやいや、もう目が離せないほど楽しくってしかたがないのです。
そのおもしろさの根源にあるのは、「ああ、こういうやついるいる」「めっちゃはらたつわー」「うわ、こういうやりとりするわー」と声が出そうなほどの“あるある”だったり、演技しているとは到底思えない自然な会話だったります。
これこそ、日本映画ならではの魅力です。
橋口監督作では日常のやりとりばかりなのにどこかドキドキするうえ、スクリーンに映る登場人物がまるで“そこにいる”ように感じられる親しみやすさがあります。
地上波ドラマでは、日常をダラダラと描くことなんてめったにありません。
このいい意味でのダラダラ感、“知らない人のリアルな日常”は、映画でしか体験できません。
『そして父になる』『海街diary』などの是枝裕和監督作品が好きな人にとっても、きっと気にいるでしょう。
さて、本作『恋人たち』は一見して暗くて重い作品に思えます。
主人公・アツシの過去にある出来事はものすごく深刻でしたし、彼の日常には困難も待ち受けています。
でも、決して重くて苦しいだけの作品になっていない、それどころかわりとクスクス笑える作品でもあります。
これは3人の物語が交錯する群像劇にして、悲劇の中にもある人のおかしみを丁寧に描いたおかげですね。
何より、この作品では橋口監督のやさしさがかいま見えるのが嬉しいです。
本作では、“うまくいっていない人”にエールを贈る、ちょっとダメな人を応援する映画になっています。
橋口監督は自身の悩みを映画に反映していました。
橋口監督はゲイであり、ゲイの持つ苦しみやおかしみを描いた『ハッシュ!』を手がけました。
その後にうつ病を経験したため、うつになった妻と、生活力はないけどやさしい夫との日常を描いた『ぐるりのこと』を撮りました。
この『恋人たち』を手がけるまでにも相当な悩みがあったそうで、監督は「悪夢のような数年間をいくら紙面があっても語れない」と語っています。
そんな監督がこの『恋人たち』で描いたのは、監督自身が経験していないような悩みや悲しみでした。
それでいて、誰もがささやかでも希望が持ているような、生きている世界を肯定できるような内容になっている・・・なんてやさしいんでしょうか!
また、本作はワークショップに集まった、十代~四十代までの“役者″に成りたいと願う人たちとともに制作されたそうです。
“何かに成りたいと願う人”たちのことのも書かれた、監督のエッセイが非常におもしろいので、ぜひ一読をおすすめします。
↓
<新連載!!映画監督 橋口亮輔のエッセイ!!橋口亮輔「まっすぐ」>
『ぐるりのこと』でもタッグを組んでいた、Akeboshiによる音楽も素晴らしかったですね。

音楽が使われる場所は、作中ではほんの2〜3箇所。だからでこそ、とても効果的な演出となっていました。
よくも悪くも“そのへんにいそうなちょっとダメな人の日常”を描いた作品なので、多少なりとも好き嫌いは分かれるでしょう。
いい人間だけでなく、わりと不遜なことをするキャラも出てくるので、イライラを超えて不愉快に思う人も少なくないはずです。
PG12指定だけあり、少しだけ性的なシーン、麻薬の描写があるので、小さい子の鑑賞は控えたほうがいいかもしれません。
それでも本作は、2015年を代表する傑作のひとつとしてオススメします。
上映時間は2時間20分と長めですが、まったく退屈することなく、それどころかこの映画が終わってほしくないとさえ思えました。
長回し、リアルな職場の描きかた、ときおり描かれるメタファー、そして作品の根底にあるやさしさ……そんな橋口監督節を存分に感じてください。
エンドロール後にもおまけがあるので、最後まで観ましょう!
以下、結末も含めてネタバレ 鑑賞後にご覧ください↓
〜女子アナの価値〜
弁護士・四ノ宮にぴーちくぱーちくしゃべりまくりの女子アナ(内田慈)は最高でしたね。
「だってあたし女子アナだよ!その価値を捨てたんだから結婚詐欺じゃん!」という超理論には大笑いしました。
さらに爆笑ものなのが、終盤にこの女子アナが再登場したとき、四ノ宮の顔が死んでいたことですね。映画で人の“無”の感情を見たのは初めてかもしれん。
(ところで、四ノ宮を階段から突き落とした犯人はこの女子アナでいいんだよね?)
〜弁護士・四ノ宮〜
四ノ宮は優越感をさらけ出すような不遜な男でしたが、じつは親友に恋をしていた、そのうえ(関係を壊したくないから)告白ができない純粋さも持っていました。
彼は、親友の幼い子どもにいたずらしたのではないかと疑われます。
事務所を紹介されたとき、電話口では親友にそれは誤解であると訴えるものの、しれっとあしらわれてしまいます(この“話題からなんとかそらそうとするのがめちゃくちゃリアル)。
親友がこういう対応をしたのは、「いじめってマスコミが作ってるんでしょ?」などとほざいていた妻の差別意識が発端になっています。
監督はこのことを「何の罪科もないのに痛い目に遭うという状況が、いまの日本にある」と語っています。
人を傷つけることは、簡単に起こりうるものなのです。
(四ノ宮は、恋人や、相談に来たアツシを適当に対応して傷つけてもいました)
彼は人に好かれていないんだろうな・・・そういえばギプスに名前を書いていたのは、この唯一の親友のみでした。
四ノ宮は、最後に親友からもらった万年筆をじっと見つけて、少し涙を流します。
あげた親友本人が覚えていなかったようなプレゼントではありましたが、それだけでも彼は大事にしたかったんですね。
壊れてしまったものは簡単にもとには戻せない、だからいまあるものだけでも大切にしよう・・・そういうメッセージが込められているかのようでした。
〜主婦・瞳子〜
瞳子は、夫が自分に関心がないと思い込んでいたようです。
コンドームの自販機まで走って、機械のようにセックスして、その後に膣をお風呂場で洗う・・・なんて流れはまるで“作業”です。
そんな彼女は、鶏をいっしょに追いかけるという妙な出会いかたをした男に惹かれるようになり、やがて趣味であった小説も見られてしまいます。<楽しそう・・・
でも・・・その男はじつは薬物中毒者でした(クスリを打つためにそのへんのものを使って腕を縛ろうとして、ぜんぜんうまくいかないのがなんともリアル)。
それどころか男はクスリのために、ちゃんとおめかしをしていた瞳子のストッキングを奪ってしまう・・・。涙ながらに“自分の夢”を語る彼女がなんとも哀れでした。
夢の内容は最後まで語られませんでしたが、おそらく(男に初めて読んでもらった)小説家になることだったんでしょうね。
そんな瞳子は、あれだけ不仲だと思われた夫に「(子どもが)できてもいいよ、家族なんだから」と言われます。
なんだかんだで、平凡な日常、いまそこにいる人たちも大切なんだ、と教えられているようでした。
〜アツシ〜
作中屈指の名場面と信じて疑わないのが、アツシが同僚の女の子に「(アツシが暗いことを)お母さんに言ったら、今度いっしょにご飯を食べようって」と言われて、ちょっと間があってから「お母さんにありがとうって伝えておいて」と返すシーンでした。
そのとき、アツシの横にあるコーヒーの空き缶には、ちょこんと女の子にもらったアメちゃんが乗っかっています。
アメちゃんをもらっただけ、知らない人から「いっしょにご飯を食べよう」と言われただけなのに、アツシはうれしくてしかたがなかったんでしょうね。
アツシは“そのへんで立ち小便をする男と、それを見て笑う女”という掛け値なしにしょうもないカップルを見るのだけど、それが「(妻が)生きていたらこんな感じだったんだのかなあ」と独白します。
さらに、アツシは通り魔の男を心底殺したいと、憤ります。
同僚はそんなアツシを見て「世の中にはいいバカと、悪いバカと、タチの悪いバカがいる、あんたはいいバカだよ」「殺しちゃダメだよ、俺はあんたともっと話がしたいよ」と告げました。
その同僚は腕を無くすという痛ましい経験をしていましたが、「これは皇居にロケットを飛ばして失敗したんだよ」という冗談(?)を言って、アツシを笑わせます。
辛い経験を得ても、笑い飛ばすこともできるんですね。
アツシが救われたのは、こうしたほんのちょっとだけの出来事のおかげ。
劇的なことはなくても、人は立ち直れるのかもしれません。
〜大切なもの〜
本作は、“大切なもの”をちょっと皮肉っていますね。
アツシの先輩(リリー・フランキー)は海外移住を勧めて、それを人生のよろこびのように語っていました。
しかし、そんなことはアツシにとってはどうでもいい。本当に求めていたのは「ダメな弁護士を紹介して悪かったな」と謝ってもらうことでした。
“美人水”というインキチな商品でネズミ講をしようとしていたカップルは、皇居の格好をして詐欺を働いて逮捕されます。
実際に皇室詐欺というのは存在しています(たぶん有栖川宮詐欺事件が元ネタ)が、こうして描かれるとギャグとしか思えないですね。
瞳子は皇居が大好きなマニアでしたが、詐欺を働いたカップルのアホみたいな姿を見て、きっとどうでもよくなったことでしょう。
美人水を買わされたアツシの同僚は、詐欺のアルバイトの女性に出会ったことについて「結婚しますから!決意したんですから!」と声を荒げていましたが、終盤のバーベキューでは「決意は折れることもあります!」とあっさり撤回しました。
それでいいんでしょうね、大切なものは手に届かないとこにはなく、そのへんに転がっているようなものなのでしょう。
青空を眺めて、「よし!」と言えたら。
どこかで希望が持てたら、それでいいんです。
エンドロールの最後に映し出されたのは、アツシの妻の姉が言っていた“妹が大好きだったチューリップ”でした。
汚かった部屋がきれいに掃除されたことを含めて、彼が少し前向きになったことが示されています。
また、黄色いチューリップの花言葉は「叶わない恋」だそうです。これは四ノ宮と親友の関係が修復不可能になってしまったこと、瞳子の恋の相手がしょうもない人間であったこと、アツシの妻が死んでしまったことを示しているかのようで、ちょっとだけ切なくなりました。
↓おすすめレビュー
<橋口亮輔の待望の新作 『恋人たち』 届かない想い? : 映画批評的妄想覚え書き/日々是口実>
<恋人たち(ネタバレ)|三角絞めでつかまえて>
<#229 恋人たち/”よし”と前を見て言えるから | Tunagu.>
↓おすすめインタビュー
<シアター芸術概論綱要 Vol.03“映画監督 橋口亮輔” EYESCREAM.JP - For Creative Living>
(C)松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ
先日何とか予定が開けられたので見てきました。僕は橋口監督の作品は超傑作の「ぐるりのこと。」しか見たこと無いんですが今作も本当に心を抉られるような凄い作品でした。
まずヒナタカさんが仰るように何気無い会話の面白さ、エグさは本当に凄かったです。お弁当屋でカリカリしてるおばちゃん見た時は
「あーこれ系のバ◯ァ敵に回すと後が怖ぇんだよな…w」と勝手に自分の学生時代のバイトの頃を思い出したり
今時キャッチセールスに素直にハマるバカ男(褒めてます)を遠くで冷笑してる女子社員の視線の冷たさなんかも
「あぁいたなこんな奴…」と勝手ながら自分の人生に当て嵌めてました。
次にメインの3人に関してですけど、ゲイで孤独な弁護士の四ノ宮の話は
自分で蒔いた種が芽を生やし、結果空虚なものになると言うものでした。
正直四ノ宮の話は後述するアツシとの絡みもあるのでぶっちゃけどうでもいいと言うか
勝手にしろよって思いましたけど、ゲイである橋口監督としてはあそこは譲れなかったんだろうなとは思います。
人生の痛々しさの集合体のような存在である瞳子は、何と言うか良い意味で見るに耐えないと言うか…
作業のように自販機でコンドーム買ってきてセックスしたり、病的に雅子様(怖い人に絡まれたくないので一応『様』付けしときます)に心酔してたり
今時そんなもん信じるか?ってくらいあっさりキャッチセールスに引っ掛かったり
ヤク中男に少し優しくされただけで惚れ込んじゃったり
挙げ句は典型的な腐女子趣味丸出しだったり…
もう何か…凄かったですw何と言ってもあの体つきですよね。
出るとこ余り出てない中肉中背、色気の欠片もないあの中年体の説得力は半端なかったです。
そんな彼女がヤク中男に現実を突き付けられ自分の夢を語り出した時、思わずズシンときちゃいましたね…
その後吹っ切れた彼女は本当に逞しく見えました。
最後に通り魔に全てを奪われたアツシですが、彼は人生からある意味全否定されたと言っていいと思います。
不条理極まりな理由で婚約者を殺され、犯人は裁かれず
自分は精神を病んで生活が困窮…物語が進むと「これ全部バツだよ!」と橋の縁石にでっかいバッテン書いちゃったり、立ちションするカップルを羨ましく思ったり
涙ながらに「俺犯人殺したいっす。東京オリンピックとかどーでもいいから、殺人犯殺せる法律作ってくれよ!」
と心の闇を会社の先輩に晒け出すあの姿、見ているこっちまで苦しい気分になってきました。
その後会社の飲み会での何気無い先輩の告白が良かったですね。
ヒナタカさんは冗談だろと仰ってましたけど、僕はアレは真実だろうなと解釈しました。
あの先輩も本気で何かを変えたくて、でも腕を失うと言うこれ以上ない挫折を味わって
だからこそ無断欠勤していたアツシにも親身になったんだろうな…と。
そしてあのラスト、青空に向かっての「…良し!」アレ見た瞬間月並みですけど「俺も人生頑張ろ…」と何だか勇気が湧いてきました。
エンドロール後の黄色チューリップはヒナタカさんの解説読んでようやく理解できました。
最後の最後でキツい、でも前に進むあのメッセージは橋口監督らしいですね。
ぶっちゃけると1回見ただけでは把握しきれないとこも結構あったので
また何度もDVDで見返すことになりそうです(劇場ではもうこれっきりだと思うんで…)
無理して見に行った甲斐があったと心から思える作品でした。